あの人が「うん」という
石村由起子さん

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本当においしいものを食べたとき。
好みの上質なものを見つけたとき。
人は、声にならないうなずきをするものです。
「うん」と。
あの人が「うん」と言うものは、
どんなものやどんな味なのでしょう?
真のおいしさや上質さを知る人々にお話を聞く連載です。

奈良でカフェギャラリー「くるみの木」やホテルレストラン「秋篠の森『なず菜』」を経営するオーナーである石村由起子さんのお話。
段取りよく料理するコツや人を招く際の心持について聞いてきました。今回は、これからもずっと大切にしたい器や道具についてのお話です。

キッチンの一角にはガラス瓶にくるみが入っていたり、植物が生けてあったり。爽やかで清潔感のある空間です。

テキパキとお昼ご飯を準備してくださった、使い慣れた様子のキッチン。17年以上を過ごした愛着のある家ではあるけれど、引っ越す予定があるのだと言います。

「すごく小さい家を建てることにしているんです。19坪ですよ。びっくりするでしょう? でもね、夫婦二人暮らしなので、それで十分だと思っているんです。今の家は、スタッフが来て一緒に料理をしたり食べたりすることを考えて、こういうつくりにしたんですけれど、夫婦二人だけと思ったら少しのスペースでいいんですよね。これからのことを考えて、生活を小さくしようと思って。私は『幸せな縮小』と思っているんです」

19坪とは驚きです。棚には食器がたくさん並び、鍋やフライパンなど、道具もたくさんお持ちです。新しい家には厳選したものを持っていくのだそう。それを考えるのも楽しいと話します。

「年齢を重ねてきて『これからの夫婦二人の生活に必要なもの』という基準で選ぶと、本当に必要なものが残るんだなと実感しているところです。でも、それ以外のものも愛着はありますし、スタッフが使うためのスペースも作るので、そちらに置くことにすればあまり処分はしなくてすみそうです」

これからもずっと使いたいという小野哲平さんの器。急須の口は割れてしまった部分を金継ぎして使い続けています。
ドイツ製の柑橘絞り器。左は冷凍保存しているさまざまな柑橘の絞り汁。これからの季節にさっぱりさせてくれる味わいです。

引っ越し先にも持っていきたい器とその理由を教えてください

迷いますね。どれがいちばんというわけではないんですが、思い入れがあるのは小野哲平さんの器です。お店を始めた当初からお取り扱いさせていただいているんですが、その前から個人的に作品が好きでお付き合いはありました。もう30年以上使っているものもあると思います。ご覧の通り、いろんな器を持っていますが、気がつくとこれを手にしていることが多いんです。

 理由は、おおらかな雰囲気でどんなお料理にも合わせやすく、私の手にはとてもしっくりくる器だから。使いやすさや雰囲気は、個人の好みによるものだと思います。だから、私にとってしっくりくる器という意味。いろんな器を使ってみて、自分のお料理や手に合うものを見つけて長く使っていけたらいいですよね。

おばあさまから受け継いだという「ほっぽろ焼き器」。ていねいに手入れされた様子から、大切に使われていることがわかります。

調理道具で大切に長く使い続けているものはなんですか?

鍋やフライパンと、いろいろありますが、意外といちばん長く使っているのがこの柑橘類の絞り機。これは新婚時代からの相棒みたいなものです。レモンやオレンジ、八朔と、どんな柑橘類もこれで絞ってから、密閉容器に入れて冷凍して。ジュレにしたり、サラダのドレッシングに使ったり、ヨーグルトに混ぜたり、炭酸水と割ったり、我が家ではとにかく出番が多いんです。これを使うと一瞬で絞れるから楽ちん。便利ですよ。

 あと、とても大切にしているのは、祖母から受け継いだ『ほっぽろ焼き器』。ほっぽろ焼きというのは、香川のお菓子で小麦粉と卵と砂糖を混ぜて焼くだけの素朴なおやつ。ホットケーキみたいな感じなんですが、これで焼くと小さくてかわいいんです。今でも時々作るんですが、これを使うと、丁寧に料理していた祖母の姿を思い出すので、料理に対して身が引き締まります。

長く使っているもの、使い続けたいものは、結局、自分の生活に合うかどうかだと石村さんは教えてくれました。それを知るまでには失敗もした、と。でもそれが料理を楽しむことであり、生活をよりよくすることなのでしょう。

写真:広瀬貴子 文:晴山香織

<プロフィール>

石村由起子

石村由起子(いしむらゆきこ)

奈良在住。カフェギャラリー『くるみの木』、ホテルレストラン『秋篠の森「なず菜」』のオーナー。企業の商品開発や町おこしプロジェクトなど幅広く活躍している。著書に「私は夢中で夢を見た」(文藝春秋)などがある。

「くるみの木」

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