わたしの台所
パン・ウェイさん

第1話
中国のおばあちゃんの知恵を胸に

台所をのぞけば、その人の暮らしが見えてきます。
日々の料理、好きな道具、小さな発見や工夫。
料理好きなあの人の、ふだんの台所を見せていただく連載。
今回は、料理研究家、パン・ウェイさんの台所です。

どこよりも長い時間をすごす場所

食べることが好き、作ることが大好き。そう話すパン・ウェイさんは、中国の北京生まれ。小さい頃から親しんできた中国伝統の「食の知恵」を伝えたいとはじめた料理教室は、明るく話し上手なパンさんの人柄もあって、すぐに予約が埋まってしまうほどの人気です。

清潔感のある白色を基調にした台所は、カウンターもテーブルもすべて人工大理石。そのまま「こね台」として使えるようになっているところに、日々の食事に粉ものが欠かせない“北京っ子”らしさが表れています。

「北京は水が少なく田んぼがない地域なので、昔から小麦粉や雑穀が主食。日本人がお米を炊くように、粉をこねて食事を作るのは日常のことなんですよ」

花巻き、餃子、手打ち麺、お菓子。小麦粉を使っていろんなものを作るから、麺棒の種類もこんなにたくさん。
「一番よく作るのはマントウ(饅頭)かな。発酵させなくてもよいタイプなら15分でできるから、ご飯を炊くより早いんです」

「おまんじゅうを蒸す香りや、炒め物の香ばしい香り。台所は一日中いい香りがしています。そう考えるとすごく幸せな仕事ね」と微笑むパンさん。

7年前にこのアトリエをかまえて以来、ここはパンさんが1日の大半をすごす場所です。

左端の大きなものはうどんなどの麺用。石でできたものは、お菓子で体温を伝えたくないときに使う。

「家にいる時間より、この台所ですごす時間の方が圧倒的に長いんです。料理教室や試作、レシピの撮影や取材。なかなか時間がないので友達にも『来てきて!』って誘って、お茶を飲みながらおしゃべりをするのもここなの」と、その生活は、朝から晩までとてもパワフルです。

1日に10時間以上も(!)立つため、台所は動きやすさにこだわり、オーダーで作りました。カウンターの高さは、身長に合わせて高めにし(腰を痛めないように)、収納扉は粉をこねるときに体に当たらないよう取っ手のないデザインに。てきぱきと動き回るため、足元はスリッパではなく靴が基本。床は汚れの目立ちにくいタイルで仕上げています。

「女性ですからタイルはちょっと華やかにしたい気持ちもあって。それでいて、ずっと見ていても飽きないものを選びました」

棚の中に並ぶのは、何度も使っては洗い、磨かれてきた道具たち。たとえば写真の道具は、「炒匙」(チャウシャウ、炒めもの用のさじ)。炒めたりよそったりと使い勝手のいい中華の定番道具です。美しい真鍮製ですが、軽くて持ちやすく、中国・雲南省の市場でひと目惚れでした。

アジアからヨーロッパまで、旅先で見つけてくるのも上手なパンさん。自分の手に合う使いやすさに加えて、かわいいな、素敵だなと、そのたたずまいに心惹かれた道具が集まっています。

「炒匙」は、毎日の料理に欠かせない道具。スコップ型は大きな中華鍋のときに活躍する。

食べることで元気になる

台所の隅っこに保存されていたのは、黒酢に漬けたニンニクや大豆。中でもこの黒酢ニンニクは、「これがないと餃子がはじまらない!」という、北京の家庭の必需品です。

「餃子のタレやドレッシングに使ったり、ちょっと風邪っぽいなと感じたら、このニンニクをそのままパクっと食べるんです。ニンニクには滋養強壮と殺菌作用があり、一年漬けたものは、まさに薬。こういうものを食べているおかげか、私は風邪を全然ひかないんですよ」

毎日の元気を支えるのが、北京の家庭に伝わるこうした食の知恵。黒酢大豆の方は、健康維持のため、中国の年配の方は1日に何粒か食べるのだとか。「サプリメントや薬に頼る前に、大事なのは食べるものですよ!」ときっぱり言い切るのは、パンさん自身がその力を実感しているからです。

黒酢ニンニク(右)は、薄皮をむいた生のニンニクと黒酢をひたひたに入れ、常温で漬け込むだけ。タレに使う場合は約3週間、ニンニクそのものを食べる場合は4ヶ月以上着けると、くさみや辛みが抜けてまろやかに。左は黒酢大豆。

20歳で日本に来るまで、パンさんは漢方の達人であるおばあさまの食事で育ちました。
「幼い頃から台所に立つおばあちゃんの隣にくっついて、料理するのを見ながら、小鳥のように口をあけては、味見をさせてもらっていました。今日はこういう天気ですからこれを食べましょうね、このくらいの火加減ならこの味になりますよって、ひとつずつ説明をしてくれて」

夏には熱を取る緑豆のおかゆ、冬は体力をつける豚の角煮、食欲がないときは胃に優しいスープ。
食べるものが薬となり、体調を整えたり、病気を防いでくれる。「医食同源」の考え方を、毎日の食事から知らず知らずのうちに学んでいました。

「今こんなに元気でいられるのは、そのおかげ。おばあちゃんと両親にはとても感謝しています」

夏は体の熱を取り、弱くなる心臓を癒す、苦いものや赤いものを食べるとよいそう。

パンさんにとって台所は、食の大切さと料理の楽しさを教わった場所。
取材や撮影の仕事でスケジュールが過密になろうとも、料理教室で生徒さんと直接向かい合い、ともに料理をする時間を大切にしています。

「生徒さんが『元気が出た!』と言って、すごくいい顔で帰っていかれる。その笑顔が私の活力です。おいしいものを食べると、笑顔がこぼれます。健康で、元気でいてこそ、好奇心も行動力も湧いてきます。だから食べることはとても大事なこと。私が伝えたいのは、そんな元気でいるための家庭料理です」

食いしん坊の自分にとって、この仕事は天職ですよと、楽しそうに話しながら台所に立つその背筋は、いつでもピンと伸びていました。


次回は、そんなパンさんが台所で普段どんな料理を作っているかを伺います。

夢の中にまで料理のことが出てくるというパンさん。「おいしいものができると嬉しくて寝ながら笑うので、夫には怖がられます(笑)」

写真:西希 文:加藤奈津子

<プロフィール>

パン・ウェイ

パン・ウェイ

中国・北京生まれ。「季節と身体」をテーマに四季に沿った食生活を提唱し、東京・代々木公園にて薬膳料理や中国家庭料理の教室を主宰。 テレビ出演や講演会の他、企業向けのレシピ開発等でも活躍中。「毎日からだを調える中華スープ」、「中華小菓子」(誠文堂新光社)など著書多数。

「大陸情韻」

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