あの人が「うん」という
後藤加寿子さん

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本当においしいものを食べたとき。
好みの上質なものを見つけたとき。
人は、声にならないうなずきをするものです。
「うん」と。
あの人が「うん」と言うものは、
どんなものやどんな味なのでしょう?
真のおいしさや上質さを知る人々にお話を聞く連載です。

本格茶懐石や家庭料理を得意とする料理研究家の後藤加寿子さんへのインタビュー3回目です。茶道家元「武者小路千家」の長女でもある後藤さん。お茶の世界でよく取り入れられている「見立て」の考え方について教えていただきました。

ティファニーのシルバーの容器
ティファニーのシルバーの容器。海外のアンティークショップで購入し、お茶箱用の棗として使っているそう。どんなお店で購入したものでも、後藤さんはきちんと専用の箱をあつらえて、大切に収納しています。

茶道家元「武者小路千家」という茶家で生まれ育った後藤さんにとって、お茶は身近にあるもので生活から切り離して考えることはできないと話します。ただお茶を飲むというだけではなく、茶道にまつわる考え方は幼いころから自然と身についていたそう。

茶の湯の世界で「見立て」という考え方があります。「本来あるべき姿ではなく、別のものとして見る」ということ。もともとの用途に縛られずに自由に使うということで、私にとっては身近な考え方なんです。

例えば、と見せてくださったのは、たくさんの小さな容器。陶器もあれば木製のものもあり、どれも愛らしい佇まいです。

旅行が好きなので、北欧やインドネシアなど、さまざまな場所で購入しました。お土産でいただいたものもありますね。どれも香合として作られたものではないのですが、サイズがちょうどよくて大切に使い続けています。





たくさんの小さな容器
右上から時計回りにストックホルムで購入したマカロン型の容器、ムンバイで見つけたインドの七宝焼きの小物入れ、デルフトの小さな陶器、東南アジア旅行で買い求めた木製の小箱、松本で見つけた紙製のアクセサリー入れ。
陶芸家、ルーシー・リー作のボタンを箸置きに見立てて。「ボタンとしては重さがあって使うのはむずかしいけれど、箸置きならいいなと思って購入しました」

『見立て』の良さは、なんですか?

何か他のことに使えないかな?と、あれこれ考えるのが楽しいんです。私は旅行が好きなので、国内外さまざまな場所へ行きます。特に海外では日本とは違う生活や文化がありますから、その国の用途に合わせるのは難しいもの。そこで諦めずに、ちょっと視点を変えるだけで、便利なものに見えてくるのはとても楽しいことなのです。

私の場合は、小さな壺を茶入に、バターナイフを茶杓(ちゃしゃく)に、ろうそく立てをふた置きにと、楽しんで自由にお茶道具として使っています。アクセサリー入れとして作られた小さな容器は、新しい視点からは香合に使えるなとも思いますし、お茶をしない場合でも、小さな干菓子を入れてもいいし、お薬や文房具の収納に便利だなと、あれこれ考えられます。ほかにも、ボタンや小さなスプーンを箸置きにしていますし、磁器を夫の灰皿にすることもあれば花器として使うこともあります。

用途に縛られない「見立て」の考え方があれば、役目を終えたものも別の使い方で活躍させてあげられます。そう考えると、「見立て」はものを大切に扱うということにも繋がると思います。


ご自宅のお茶室
ご主人もお茶が趣味ということで、自宅の地下には茶室があります。地下とはいえ、窓の外には庭もあり、季節の変化を楽しむことのできる空間。

茶道の考え方は、さまざまな場面で活きているように感じます。ほかにどのようなことがありますか?

おもてなしの心を大切にする、季節を感じるしつらえにするなど、いろいろなことがあります。
例えば茶室だと夏は風炉、冬は炉と変わるので、道具もそれに合わせて変えます。季節の名がついている道具もあるほどなので、季節感を大切にそろえていくんです。そうすると、自然とそれに合わせたお花を飾ろう、壁飾りも変えようと、茶道具以外にも気持ちが向きます。お客様に楽しんでもらおうという気持ちがあってのことですね。

私は伝統的な道具を使いながら、見立てのものも取り入れるようにしていますが、お客様に見立てのものについてお話しすると、ちょっと楽しんでいただけるんです。茶席に限ったことではありません。「この箸置き、実はボタンなのよ」とね。旬の食材を使ったお料理や、お花、それに合わせた道具があれば、とても心地のいい空間になります。お客様にも気軽に楽しくくつろいでいただけると思います。

こぼれ話を少し

お茶道具入れ

お茶道具入れ

最近あつらえたというお茶道具入れを見せてくださいました。「シャネルの生地を使って仕立ててもらったんです。プリントではなく、日本の伝統織物に通じる生地を見つけたので、お茶箱用にいいな、と思って」。洋服用の生地をお茶道具にという、これも見立ての一種かもしれません。中にはアクリルケースに茶道具一色を入れて持ち運べるようにしています。

写真:広瀬貴子 文:晴山香織

<プロフィール>

後藤加寿子

後藤加寿子(ごとうかずこ)

武者小路千家十三世家元有隣斎と茶懐石料理研究家である千澄子の長女として京都に生まれる。同志社大学文学部在学中に陶磁器を研究。結婚後は料理研究家として活躍。伝統的な京料理や懐石に造詣が深く、さらに海外にも積極的に足を運び、現地の食材や新しい調理道具を取り入れながら、現代の家庭でも作りやすい独自の『和の食と心』を伝えている。『茶懐石に学ぶ日日の料理』(文化出版局)など著書多数。

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