わたしの台所
川津幸子さん

第1話
あの“100文字レシピ”が生まれた場所

台所をのぞけば、その人の暮らしが見えてきます。
日々の料理、好きな道具、小さな発見や工夫。
料理好きなあの人の、ふだんの台所を見せていただく連載。
今回は、料理研究家・川津幸子さんの台所です。
著書『100文字レシピ』は、毎日のごはん作りに悩む多くの人たちを支え、その背中を優しく押してきました。
作る人の視点に立った、簡単でおいしい料理は、どんな場所から生まれてきたのでしょう。

目指したのは、台所が主役の家

川津さんの自宅の台所は、気持ちのいい陽光が入る2階にあります。

「キッチンは、家の中の一番いいところにつくりました。居心地よくいられる場所にしたいと思って、窓も大きくとってね。もともと人を呼んでごはんを食べるのが好きだったので、“キッチン中心の家”が理想だったんです」

家を建てた約20年前、料理編集者として数々のヒット書籍を世に送り出してきた川津さんは、休みをとり、調理師学校に通って卒業したばかり。プロを夢見る若者たちとともにフランス料理を基礎から学び、料理実習の復習会をするのが、とても楽しかったと言います。

調理師学校で改めて知ったのが、オーブンがいかに役立つかということ。今は料理に欠かせない存在に

「借家の我が家に集まって、みんなで生地をこねたり、肉のかたまりを焼いたりね。だから家を建てるなら、キッチンの設備はびしっと調えようと決めていました。料理を作ったり食べたり、みんなが集まれる場所がほしいと思って建てた家なんです」

日当たりのいい2階に、たっぷりのスペースを取り、台所とダイニングを配置。でき上がったのは、「食べることが暮らしの中心」であることを体現するような家でした。

台所の真ん中にはアイランドを置き、作業スペースを確保。3、4人でも悠々と調理ができます。レストランの厨房のようなコンロに、ガスオーブンは2台。「1台でもいいのだけれど、当時はフレンチのプロの技を学んだばかりで、燃えていたから」と笑います。

ワークトップは熱いものも気にせず置けるようにステンレス製に。高さは調理がしやすい90㎝にしました

「簡単でおいしい」なら続けられる

家庭料理は、無理なく、おいしく、が一番という川津さん。台所は、働きながら食事を作り、息子さんを育ててきた生活の場でもあります。調理師学校を卒業後は、料理の楽しさを伝えるべく、料理研究家としても活動。たくさんのレシピが、この台所から生まれていきました。

「料理は、最初の出会いが肝心だとよく言っているんです。はじめに難しいものに挑戦して失敗すると、二度とやりたくないと思ってしまうでしょ。まず最初は、簡単なものを。まったく技術がなくても、上手においしく作れるものはいっぱいあるんですよ。それを知ってほしいと思って、100文字レシピを作ったのです」

大工さんに作ってもらった“包丁部屋”。魚をおろす出刃包丁から菜切り包丁まで、これなら一目瞭然

材料も作り方もすべて100文字に収めた、画期的なレシピは、「簡単!」であることがひと目でわかるようにと、生みだしたアイデアでした。

「100文字以内にするのは大変で、この台所であれこれ悩みながら書きました。この手間は省いてもよし、でもここでしっかり焼き目をつけるのは外せないな、とかね。なにより、おいしく作れることが大事なわけだから。見る人が、これなら自分でも作れそうだと思ってくれて、実際に作ったらうまくできて、『料理って楽しいな』と思ってくれたらいいなと、そんな気持ちでした」

味の要となるコツはしっかり押さえながら、省けるものは省く。たくさんのプロの技を見てきた川津さんだからこそのレシピです

びっくりするほど簡単よ、とこの日作ってくれたのは、鶏肉の醤油煮。レシピはこんなふうです。

「鍋に鶏もも肉2枚と、醤油1/3カップ、酒1/2カップ、砂糖大さじ2を入れたら、蓋をして火にかける。沸騰したら弱めの中火にし、時々ひっくり返しながら15分煮る」。

からしを付けて食べれば、「ほんとにそれだけ?」と驚くおいしさ。しっとりと味のしみた鶏肉は、ごはんのおかずにぴったりです。

「これなら仕事して帰ってからでも作れますよね。手抜きっていうと、市販の“おかずの素”を使う方法もあるけれど、こうして自分で作っても、手間は変わらないんですよ。そういう料理を知っていることが大事なのね。便利な市販品がどんどん増えていくけれど、『自分でも作れるもん!』という気持ちは持っていてほしいなと思います。食べるものを人任せにしないのは大事なことだから」

鶏肉の醤油煮は川津さんの定番料理のひとつ。調味料は良質なものを使うと、シンプルでも格別の味に

ごはん会で料理の楽しさを再確認

日々の食事作りに追われていると、台所に立つのが億劫に感じられる日もあります。そんななか、「料理ってやっぱり楽しい」と改めて実感できるのが、友人や仕事仲間を招いて料理をふるまう、「ごはん会」なんだとか。根っからの食いしんぼうだという川津さんの家には、食を愛するさまざな人が集まってきます。

「やっぱり皆が来ると思うと、張り切って料理を作ろうという気持ちになりますよね。今日は中華、今度はイタリアンというように、その日のテーマを決めてメニューを考えるのも楽しいものです。ときには、キッチンで一緒に餃子を包むなど、共同作業で盛り上がることもあります」

ふだんの食事は、手早く、おいしく、が助かりますが、ごはん会では、好きなものを存分に作り、テーブルセッティングをしておもてなしを楽しみます。

ごはん会で活躍する取り皿は白で統一。和洋中、いろいろな料理に対応できるので便利です

「『おいしい!』『これどうやって作るの?』と喜んでもらえると、それはもう、うれしいものですよね。よしまた次作ろうと思う、そういう気持ちはとても大事なものだと思います。作って食べて、おいしかったり元気が出たり、食べる人をみて幸せな気持ちになったり……。料理のよさって、そんな単純なことだと思うんです」

「料理は生きるための大事な技術であり、いろんな喜びを与えてくれるもの」だと川津さんは言います。
作ること、食べることの楽しさを紡ぎ続けてきた台所は、よく使い込まれ、磨かれて、20年経ったいまも、清潔な輝きを放っていました。

次回は、「料理上手への近道」だという、愛用の道具について伺います。

著書の文章にも表れている、朗らかでユーモアあふれる語り口で、台所を紹介してくれました

こぼれ話を少し

川津さんの相棒

我が家の大事な家族の一員、柴犬のコジローです。台所で料理をしていると、くんくんのぞきに来たり、気がつけば足元にいたり、元気をくれる存在です。人懐っこく、やさしい性格で、ごはん会に訪れるお客さまにも人気なんですよ。朝と夕方には散歩に行くのが日課で、私にとってもいい運動になっています。

写真:西希 文:加藤奈津子

<プロフィール>

川津幸子川津幸子

川津幸子(かわつゆきこ)

出版社を経てフリーの料理編集者に。『ごちそうさまが、ききたくて。』(栗原はるみ著)などのヒット作を手がける。その後、フランス料理を基礎から学び、料理研究家に。作りやすくておいしい料理を、和洋中、幅広いジャンルで提案する。著書に『100文字レシピ』シリーズ、『川津さんちのおうちごはんのレシピとヒント204』(オレンジページ)など

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